白玉雨萠の気分屋さんめも

白玉あも///エロと笑いがすき

脱出報告。

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入院前にとある先輩に、入院生活のメリットとデメリットを聞いていたのだが、本当にその通りという感じだ。

やっと自由になれたというのに、たった1ヶ月程度のあの生活に慣れてしまい、これからの毎日がとても不安。

閉鎖された病棟で生活している時は、外へ出たいなぁ、誰かに会いたい、お酒がのみたい、夜更かししていたい、とかもやもやとしていたのに

自由になってしまうとそれはそれでこわくて。 つまりそれだけ護られていたし窮屈ながらも安心して過ごせる環境だったのだなぁ。

 

 

 私はやはり一歩外へ出ると自分を壊したくなるということも改めてわかった。

退院して真っ先に向かったのは、昼間からビールを飲めるお店で、合わせて処方された薬をのんで頭がぐらぐら。手首もすでにたくさん切りました。一気に元どおりです(笑)

 

 

だけどどこか落ち着いています。

以前のように大声出したり暴れるということはなくなった。ただ体力が落ちているだけかもしれないが。

 

 

 

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入院してる間にずいぶんと髪の色が明るくなってしまった気がするので暗くしました。

そういえば前回美容院へ行ったのは私がめちゃくちゃになりだす前なんだよなぁ。

 

 

 

自分の大切さや生きている意味は相変わらずよくわからなくて。だから必要とされていたいし必要だと言ってくれる人がいると「ふむふむ、消えてしまってはダメなんだなぁ」とわかる気もします。

まるで他人事のような自分の存在価値。

 

 

脱出成功したからって自宅で引きこもってる訳にもいかず、役所に行っていろんな手続きしたり、治療は終わった訳じゃないから通院だってしないと。

 

そんな中でイベント出演もあるし、会いにきてよね。

 

ね。

 

8/3第3回『世界テレフォン・セックス選手権』 – LOFT PROJECT SCHEDULE

 

8/7『究極のペット〝巨大ヒル〟の飼い方&世紀の女体吸血まつり』 – LOFT PROJECT SCHEDULE

 

9/11『Death Culture Summit(デス・カルチャー・サミット)』vol.5 – LOFT PROJECT SCHEDULE

 

9/×ロリカルト教集会@都内某所

以前、深夜に怪しげな集会を開いていたのですがなんと約2年半ぶりに復活します。今回はお仕事帰りに寄って安心の終電で帰れる時間帯。

 

情報解禁は8/1。

 

福沢諭吉と全くトキメキのない青春。◯◯交際。

いつもの入院生活の話とは別に、ふと思い出したことがあるので書いてみる。

◯◯交際。

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うん、援助交際のことなんだけども。

 

学生時代は同級生たちと話していてもうまく馴染めずにいた。友達がいなかった訳ではない。むしろ色々誘われたりもしていたほうなのに、なぜか自分から壁を作ってしまいがちで。

 

そんな私は放課後、ストレスが溜まっていたのか校舎の向かい側の電話BOXからツーショットダイヤルに電話をかけて全く知らない大人たちと話をするのが癖になっていた。

だいたい繋がった瞬間から相手の男の人はハァハァしていて性的なやりとりを求められていたんだけど、時々ふつうに話し相手になってくれる人もいて。

 

あまりにも学校でストレスがひどい時は、お昼休みにわざわざツーショットダイヤルをかけに行っていたこともある。

初めて電話したのはいつだっけ?って思い返したら小学校の職員室横の公衆電話からかけたことを思い出した。

小学生でツーショットダイヤルデビュー(笑)

 

たぶん癖になっていたのは中学生の頃。

女性は無料なのでお金がかからず、顔を見られることもなく名前を知られることもなくただ受話器越しに会話してくれる人がいることはすごく嬉しかった。

そのうち家でもひたすらかけるようになっていて。ほとんどママがいなかったからひたすらツーショットで話して朝方に眠り、午後に起き、学校は休みがちになっていく。部活は好きだったから休まずに行ってテナーサックスをブンブン吹いて、暗くなったら帰宅してまた知らない大人たちと電話で話して。

 

そのうち携帯電話を持つようになり、ツーショットダイヤルで知り合った男性たちは「ここを通すと電話代が高いから」とか「切ったらもう二度と話せないしTEL友なろうよ」とか言う人がほとんどなので番号を交換する。

 

私の学生時代の携帯電話のメモリにはリアルな知り合いよりも声しか知らない男の名前ばかりが並んでいたよ。

 

まだその頃はLINEなんてなくて、メールだってやりとりにお金がかかったし電話も通話料がものすごく高かった。

 

 

高校生になりアルバイトをしたけれどやっと1ヶ月働いて手にしたお給料は、すぐにママの手に渡り

パチンコの資金となり消えた。

お小遣いなんてもらえてなかったし、パパからの養育費もママが使い込んでいたから、私ほんとに欲しいものを買えないし、ごはんすら冷蔵庫の中のものを勝手に食べたら怒られていたから自分で買って食べるしかなくて

でもその買うお金ってアルバイトしたお金ではやりくりできないからどうすりゃいいんだってよくわからなくなってね。

携帯のお金も払えなくなるし電話停まる・・・ってTEL友に話したら、じゃあ会おうよ、Hさせてくれたらお金払うよって言われて。

 

 

その人は相模原の人だったかな。

私もなんとなく東京に住んでることにしていたけど、会おうってなるとさすがに北海道のど田舎の私とその人が簡単に会える訳ないから

「黙っててごめんね、ほんとは私、北海道なんだよね」って謝った。

 

そしたら騙してたの?!って怒られたけど、でも電話で話せなくなるのは困るからって、すぐに携帯代を振り込んでくれた。

 

 

とても良くないことだけど、毎日バイトしてやっとお給料をもらってもママにとられてしまう生活よりも

電話で話し相手になってるだけでお金をくれる男の人たちがいる生活の方に変化していってしまった。

 

 

時々北海道の人とも知り合い、まとまったお金を先に振り込むから札幌おいでよ!あそんであげるよ!って誘われ、学校を休んで資金稼ぎに遠征していたこともある。

まあ会った人とは性的なことを求められたらしていたこともあるけども。

 

 

すごく心配してくれていた、とあるおじさんはそんなにガツガツしてなくて、それでも毎月必ず10万くらいずつ振り込んでくれてた。

で、あるときママに通帳見られて「このハシモトさんて誰?!なんでこんなにお金振り込んでるの?!」ってすごく怒られ打たれた記憶がある。

 

でもママはとてもずるくて、私は稼げる子って思ったらしくその時以来怒られたことも心配されたこともない。むしろ「ねぇ〜車ぶつけちゃったんだよね〜ママ困ってるんだ」だの「支払いが間に合わないけどママ仕事行けないからお金足りない」だの言って私に甘えるように変わっていった。

 

 

私もバカだから、

いつもママがいなかったり相手にされていないよりは、お金お金って言ってくるママでも私を必要としてくれているようで嬉しくて

おじさん達から振り込まれていたお金をママにも渡していた。

そしてママはそのお金を、やっぱりパチンコで一瞬でなくす。

 

 

そうしてそのうち、毎月10万振り込んでくれていた札幌のおじさんも余裕がなくなり奥さんにバレてしまい、私の携帯に「うちの旦那から毎月毎月金とって、あんたどこのだれよ!」って怒鳴られたので

「そうですか、すみません。私は根室の17歳です。」と答えると今度は電話の向こうでおじさんが怒鳴られていた。「根室の17歳が相手って・・・あんた何やってんのよ〜!!!怒」

 

未成年にして人の家庭を壊してしまった・・・

 

 

 

 

高校時代は思い返しても汚い記憶しかない。本当に嫌になる。

 

 

同級生たちと楽しく遊んだり

恋愛したり

青春なんてできなくて

 

どうやって話し相手を見つけるか

どうお金を稼ぐか、そのお金でどう生きるか

ほんとにそんな記憶ばかりで悲しい。

 

 

 

私に援助してくれていた大人たちが口を揃えて言っていた

「はなちゃん(私の本名)は、僕が相手で良かったね。お金くれるからって会ってみたら、乱暴されたり殺されたりも、無いとは言えないんだから。」

 

 私は

「いつかそのうち殺されてもしかたないって思っているよ。生きていても親にすら大切に思ってもらえないの。お金渡さなければ会話もしてくれないんだよ。」

 

 

本当に本当に思い出すと嫌になる。

 

 

 

今も私は人に嫌われても仕方ないようなことをたくさんしてる。

 

 

だけどそんな私のことでも、好きとかおもしろいって言ってくれたりする人がいて

イベントをやると会いに来てくれる人がいて

似たような悩みを抱えた女の子たちがたまに手紙を書いてきてくれたり

 

 

幸せってなんだかよくわからないけど、充分私は幸せなのだと思います。

 

 

 

そんな私が出演するイベントが明日(7/14の24:30から)新宿ロフトプラスワンであります。

いつもはトークライブですが明日はステージからおりて一緒の目線でお酒飲んだりしながらお話しましょう。

『ヤリマン大納涼サロン!』 – LOFT PROJECT SCHEDULE

 

 

 

 

しらたまあも

 

140文字では書ききれないこと。

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苦しみは本人にしかわからない。

ほんの些細な喜びも本人にしかわからない。

 

SNSが当たり前の今、知識自慢をする人もいれば今日のごはんはこれ!だとか早く帰りたい〜だとかぼやく為に使う人もいる。ナンパに使ってる人もいるよね。

 

 

 

私はいわゆる普通の生活ができなくなり、入院することとなった訳だが本当の閉鎖病棟は外出許可なんてもらえないだとか携帯電話も持てないとか、そんな言葉が飛んでいた事を知ってしまう。
しかしそれは患者それぞれの障害の症状により基準が変わるものです。
本当のってなんだろな?

鍵をかけられた空間にいるのは事実。毎日息苦しいのも事実。
私が嘘を付いているのかな、との錯覚に陥る。

 

 

 

私はこの生活を始める前、始めたばかりの時もだが、とてもつらかった。生活のリズムも環境も空間も全てが変わる。

変な話、白玉あもとして知り合った人との付き合いが多かったから本名を毎日人に呼ばれること、本名を名乗る事にすら違和感がハンパなかった。

 

その中で自分のiPhoneを持たせてもらえたことは大きな救いであった。

彼が一緒に選んでくれた色のiFaceのケースに私が好きなセーラームーンのリングをつけたりステッカーでデコっていたり、いつも持っていた物が取り上げられてしまうことが怖かったから、それはとてもうれしかった。

 

34歳にもなった女の自撮りばかり、くだらないかもしれないが、それを載せることで反応してもらえたりその服がかわいいだとか言ってもらえると自信がついたり

メイク方法が知りたいってリプ来たときは『私たいしたことしてないのにいいのかな・・・』なんて思いながらも私もリプ返して、ありがとう、やってみる!って言葉が返って来たときはこーいった私でも役に立てるんだってわかった。

 

そして、このiPhoneがあったから、みんなと今でも白玉あもとして接していられるんだ。

 

 

 

病院のことに限らずだけど
本当の◎◎はとか本物の◎◎はとか言う人は自分が一番なんでも知ってるとか、もっとすごいの知ってるって言いたいんだろうけど、毎度どうしてそうしたがるのかがわからない。

 

音楽やプロレスなんかもそうなんだけど、昔のを観てきた人が凄いとか、歴史を知ってる人が偉いとか。ありがちよね・・・

 

私は音楽のジャンルに詳しくないもののいろいろなライブにも行くしプロレスも観戦するが正直歴史とかジャンルとか覚えらんない、技の名前やルールすらよくわからなかったりもする。

 

ただ、楽しいから行く。

感動したからまた行きたくなる。

 

それで良くないか?

 

 

 

 

 

白玉あも 

病室からこんにちは。34歳 自称アイドル 女性です。

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病室からこんにちは。白玉あも こと 新宿区在住34歳 自称アイドル 女性 です。

 

前回の更新からだいぶたってしまった。

あれから毎日何をして過ごしていただろう。

病院には行っていた。

 

もう外へ飛び出て大暴れするようなことは無くなったけど、やっぱりどうしようもない不安感で夜中に大泣きするだとか、腕を切ることも日課のようにしていたし、太ももを殴ったりもしていた。

腕は傷だらけ、脚は痣だらけ。

毎日夏のように暑いのに涼しい格好ができなくなっていた。

 

入院は任意なので、したくなければしなくてもかまわない。

だけども一度環境を変えてみてはどうだろうか?そして通院するよりも集中して治療ができる。何かあればすぐに対応できる。

 

ということで話がまとまり日程を決めた。

 

私はどうしても6月18日に行きたいライブがあったのと、なんとなくキリがいいところで月曜からが良かったので

「入院は6月19日(月)からしましょう」ということになり、それからは準備をしたりたまに事務所に行ったりして過ごしていた。

 

私がツイッターで『キズパワーパッドを恵んでください』的なことを呟いたら、事務所にファンのみんなからたくさんのキズパワーパッドやお手紙、ほかにも文房具やお菓子やお化粧品、お花などが届けられていた。

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みんなありがとう。正直ツイッターの名前と本名とが一致しない人もいたのでお礼のリプが飛ばせてなかったりもするのですが・・・

もしここを見ていたら

ありがとう✩

 

ごはんも1人では食べられなくなり、お腹は空くのに何が食べたいか全然わからなくて、悩んでるうちにもういいやってなってしまって。

なのでたまにフクダ社長と会ったら何か食べたり、友達と会うことがあれば何か頼んでもらってそれを食べるようにしていました。

しかし不思議と毎日コンビニかドトールでアイスカフェラテは買って飲んでいたな(´ー`)普段はそのまま飲むのに、一応糖分は摂ろうと意識していたのかガムシロップを入れて(笑)

 

 

 

6月17日(土)

 

そんなこんなで入院準備もなんとなく整え、週末。土日楽しく過ごして、月曜から入院がんばろーってな感じでこの日は流血ブリザードをみにルビールームへ出かけました。

空きっ腹というか、そもそも全然食べずの生活だったので、すーぐ酔っ払ってしまった。

 

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 久しぶりにみた流血ブリザード、とても良かった。かっこよかった、楽しかった。

前ほど出かけなくなったり、家でも無音で穏やかな日々を過ごしていたので(環境が。私自身は破滅的なことをしすぎていたが笑)刺激的なすごくいい夜だった。

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セナちゃんとも写真撮れた✩

ほかにも小鹿さんとかと撮ったはずなのに保存ミスって消えていた・・・

 

この夜はゲロ酔いで、気付いたら近所の道で寝てたんだけど何者かに起されたので顔を見たらタイガーウッズ似の男性で・・・???

ほっといてよ!と言っても「心配だよ」となかなか目の前から消えてくれず、その人に向かってエアゲロ吐いたら逃げて行った。大量に飲んだ時は指なんか突っ込まなくても大きく息を吸えばゲロが吐ける。

吐くと酔いも覚めてきてすっきり。

鍵を出そうとトートバッグの中を覗くとメモ帳の切れ端が出てきた。

【ダニエル 090-××××-×××× ****@gmail.com

たぶん先ほどの男性。いつの間にか連絡先を入れていたようだ。なんの迷いもなく集合ポストのゴミ捨て場に捨てた。

 

2:00頃帰宅。ソファで寝る。

 

 

 

6月18日(日)

 

いよいよ入院前日。目覚めは飲みすぎたせいもあり少し体がダルく、雨も降っていて気分が憂鬱気味。

 

彼から14時ちょい前には恵比寿に着くように行くね!と連絡があったが、私が思うように準備ができず『ごめんなさい、14時20分になると思う』と返信。

なぜか、なぜだか家を出られなかった。すでに14時15分(汗)このままじゃ全然ダメすぎる!と思いタクシーに乗り込む。「恵比寿までお願いします。」

『ごめんね。やっと今タクシーに乗ったからもう少し遅れてしまう。』とメール。

彼からは『じゃあ先入って物販みてていい?雨だしそのまま入ってきちゃって』と返信が。

 

「あ、運転手さん、リキッドルームまで行ってください」と行き先を変更した。

 

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会場へ入り彼と合流。チケットを受け取り1階へ。さっそくドリンクチケットでレモンサワーを頼んで中へ。

 

久しぶりの大きな会場だからなのか、たくさんの人にびびっちゃって少し震えてしまい彼に捕まっていた。

照明が暗くなりmouse on the keysから始まる。

震えは徐々に収まり、音楽に集中できた。

Noshow、hellbent、そしてtoe、ENVYと。。。

目に見えて刺激的でストレスを吹っ飛ばしてくれるような音楽も好きだけど、心のどこか普段は閉じかけているような隙間隙間から全身に響き渡るようなそんな音楽をたくさん堪能できた気がする。

この夜はとても良かった。

 

まだ、小雨の中お互いに別々の傘を広げて歩く道。傘が大きいので距離間が少しさみしい。

 

入院したら食べられないもの食べとこうって言われて、でも私、何が食べたいのかわからない状態なの、と言うとしゃぶしゃぶは?と彼。

しゃぶしゃぶなら野菜もお肉も食べられるしいいね、と私。

温野菜へ行ったが、これから団体様が来られるので〜・・・と断られてしまい、さあどうしようって思っていたら赤から鍋があったので、天気も悪いしここにしよってな感じで入った。

 

思っていたより辛くて2人でひぃひぃいいながら食べた。

私はたくさん食べる人だったのに、すっかり量が食べられなくなり小皿に二杯とった分でお腹いっぱい・・・ケンタッキーの食べ放題だとか競い合ってた頃が懐かしい。

お腹が満たされ帰ろうとするも、あ、そうだ私電車乗れなくなってるんだ・・・って。

最近の移動はタクシー8割バス2割くらい。なぜかバスはがんばれば乗れる。でも電車はとてつもなく震えるし変な汗をかく、息苦しくもなるので無理だった。

駅や電車の中ではずっと彼の腕や肩やTシャツの裾を掴んでいた。

 

帰宅してしまうともう安心。落ち着きを取り戻し私はキャリーケースに荷物を詰め込む。

彼は前日の寝不足と疲れからかすぐに眠ってしまった。AM2:30過ぎには私もベッドへ。

おやすみなさい。

 

 

入院前は自分の過ごしたいように好きなことをして過ごせた。

1ヶ月は長いようできっと短く、だがいざ入院生活を始めてみるとまだ5日目が始まったところでやはり長い。。。

 

退院してまたライブ行って楽しみたいな。

音楽もお酒も、みんなに会うことも、目標の1つとして頑張ります。

 

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こんなまいにち。

たくさんたくさん絵を描いた。たいしたものじゃないけれど、さくさくと泣きながら気持ちを紙に描き出して行く感じで。

ほとんどが悲しい顔の私で、さみしい言葉も添えていて。描き上がったらノートをやぶいて、また描き上がったらノートをやぶいて、、、の繰り返しで止まらなかったよ。

気付けば床にたくさんの紙が散らばっていたのでその写真を撮り彼へ送る。

 

朝がくる。

 

さっきの写真、気持ち悪かったらどうしよう。

気になりそわそわとしているので眠れるわけもなくソファーで転がってみたりベッドへ転がってみたり、落ち着かないでいたら返事がきた。

 

なんとなくメールのやり取りは秘密にしようかな。

 

ただ、『毎日毎時間大切に使って』の言葉が気になった。

毎日毎時間、誰かを想うことは無駄な時間?

大切に過ごすとはどういうことなのだろう?

わからなくってかさぶただらけの腕を掻きむしってしまった。

 

 

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ここ数日、時間が経つのが遅いのか早いのか。よくわからないけどカレンダーを見るともう何日も経っていて。

だからといってひたすら深く眠った日もないし、忙しく過ごすこともやめている。ぼーっとしている時間が長いのか?

 

よく『暇だから病むんだよ』って言われていたから私それが悔しくて色々毎日忙しくしていた。それでも忙しくしながらも勝手に色々考えてしまって落ち込んだり不安になっていてもうどれだけ忙しくすればいいんだよ!って時期もあった。

 

そして、ここ数日は何年ぶりにこんなに家にいるの?というくらいゆっくり過ごしてしまっていて。

きっと本当にただの甘えとしか見えないよねこんなの。

 

だけど体がついていかなかったり心が落ち着かなかったり頭もぷすぷすとしているし

眠れることもない。

 

 

こんな毎日どうすれば。

 

 

なので入院は意味があるのかもしれません。

慣れるまではすっごくさみしくなるだろうけど。

 

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ああまた今日も、朝がくるのか。

 

 

 

後悔なのか正解なのか

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朝方になるとここから都庁を見ていることが多い。もっときれいに見える場所だってあるのに、飛び降りるならここからかな、なんて、いつも開ける非常階段口からの景色。

そんなに高くはない階なのだが元々単に高所恐怖症だということもあり、下を見下ろすと足元がひよるというか、男性でいう金玉がヒュンとする感覚。

 

泣いて泣いて、

今だよ

今飛べばいいだけだよ

一瞬、勇気を出してとんでしまえば

 

もう毎日泣くこともないし

暴れてしまうこともなく

そうすれば人に迷惑をかけることもなくなる。

 

死んでしまったその時は大きな迷惑と不快感を与えてしまうけども、そこは、申し訳ないのだけども

ながく先のことを考えた時にどちらがいいのかわかるよねって。自分に言い聞かせる。

でもやっぱり飛べなくて。

 

そのまま非常階段に横たわり泣きながら眠ったり、自分のダサさにがっかりしながら部屋へ戻る。

 

現在部屋の刃物は全て処分されているのだけど(袋にひとまとめにされている)ゴミ捨て場にはだしていなかったので袋をあけて

ハサミやカッターでまた腕を切る。

包丁は彼に折られてしまったのだが、その折れた包丁で腕を切るのはカッターやカミソリの細い刃とは違い、力を込めて切るのでなかなかのものです。

 

しかしいくら血を流しても正直なんの意味もなく、またけっきょくは

やってしまった感や

不安ばかりが大きくなり

 

だから中途半端なことするんじゃなく飛び降りてしまえばよかったのにって、後悔。

いや、もはや後悔なのかけっきょくは死ななかったことは正解なのか、なにがなんだか訳がわからない。

 

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きおくなのか、きろくなのか

さあ、何から書こうかなんて決まっていないし、ただここ数日あまりにもいろんなことがありすぎたので開設しました。

白玉あも としてのblogは元々あるのですが、イベント告知だとか、あとちょっとエロ要素も多かったので使い分けたいなぁと。

ここはわたしの障害の、記録というか
たまにほんとに記憶がなくなるのでめもとして残すための場というか
そんな感じで使っていけたらな、と思います。

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あまり障害だとかメンヘラだとか売りにしたくないのが本音なんだけどね。書いていくことで、何かが見えてくるかもしれないし
いつの日か病気が治ったときに読み返して笑える日が来るかもしれない。
そして同じように苦しんでいる人がいたら、役に立てたら、なんて思って始めた。


私は先月34歳になり、
どんどん年はとっていくのにいつまでたっても赤ちゃんみたいな部分があって
人は成長していくとその赤ちゃんのような人格を抑える力がついたり我慢を覚えたりしていくというのに。私はいつまでもいつまでも変わらなくて、10代20代なんかは、破天荒でも許されていたのかもしれないけどさすがに30過ぎたあたりから苦しくなって来てしまいました。

それでも病院には通いたくなくて。

あまり良い思い出がなかったからでしょう。

薬を出されて、それで一時的に気分を抑えるだけ。
あとはカウンセリングも進められたけど当時のわたしにはお金が高くて続けられなかった。

時間が経てば、大人になっていけば、この病気は治っていくもんだと思い込んで毎日を過ごしていました。

そんな私に、前から知り合いだったのがいつの間にかお付き合いすることとなる人ができたくさん笑って過ごせる日が増えました。

彼は、とてもおもしろく
無茶なことをしてみたり子供みたいにスイカの柄の服を着たり、かわいくて
私の中にも赤ちゃんみたいな部分があって悩んでいたけど彼と一緒にいて波長が合うならこれは幸せなことだと、側から見ると幼稚なカップルかもしれないけど幸せだと、そう思って過ごしていました。

でもいつまでもそうたのしいことばかりは続かなくて。
ケンカをしたり
信用できないことも増えたり
悲しい気持ちになることも増えてしまいました。

彼にも障害がある。
なんでもかんでも障害とか使うなと言われそうだけども。私にはわかる。


私は若い頃とは違う恋愛をしているのだから、パートナーのためにもほんとうに病気を治さなければなぁと
嫌な思い出しかなかったクリニックにまた通い始めました。


先生は私を覚えていてくれて、
うれしかった。

現状を話す。

やはり私は薬をのんだからといって治らない。カウンセリングで長く長く時間をかけてそれでも治るわけではなく、大人な部分の自分を成長させていくのが目標。

カウンセリング、受けるかどうするか考えてきてねって。資料をもらい、一応不安の波が来たとき用の頓服の薬ももらい、帰宅。

薬はなるべくのまないようにって、自分で決めて、眠った。


次の日の夜、彼と会い映画を観る約束。
私はうれしかった。
けれどなぜか少し緊張していた。

彼と会うのは4日ぶり?なのに
それでも私にはとても長く感じて、緊張した。

会って食事。
2人ともクセがあるものが好きだから、パクチーだらけの食事。おいしかった。
でもそこでくだらないことでまたケンカをしてしまい、私は我慢していた薬をのんでしまった。

不安なときは一粒。
わーっと興奮してしまったときは二粒。


二粒のんで彼と店を出る。

映画、何がみたい?って聞かれたけれど久しぶりの薬だったからなのか効きすぎて頭がぐらぐらしてしまい「ん、なんでもいい」と返した。

映画館に入り席に座ったところまでは覚えている。
でも私、すぐ眠ってしまった。彼曰く全く起きなかったよって。眠ったというか、軽いOD状態だったのかもしれないね。

そして帰宅してすぐ眠る。
目が覚めたら私はベッドで彼はソファーだった。

また、私はそれが悲しくなってせめてしまった。

どうして隣でねむってくれないの?!と。

私のこと嫌いなのか!気持ち悪がってるのか!久しぶりに会ったのに隣に居たくないのか!
とか、とにかくせめてしまった。

ごめんなさい。今更だけどごめんなさい。

どうして彼を責めてしまうのだろう。



そしてその日は約束をしていた沖縄フェスへ。
私も彼もなぜか沖縄がすき。
池袋へ向かい、サンシャインへ。

オリオンビールに、たくさんの沖縄のおいしいものや、泡盛コーヒー割、沖縄民謡?
とにかく楽しかった。

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その日はそのまま気分良くゲーセンでふかふかのカービィをとろうと挑戦したり、プリクラを撮ったりした。
彼とは初めてのプリクラだった。
苦手らしい・・・けど、プリクラのラクガキはとても楽しんでいたのでよかったです。